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2006年03月31日

[夢翔](博多、西中洲)   少年時代

久々の博多出張。地元の人にどこがいいか聞いたら、比較的新しい店を紹介された。

博多一番の繁華街中洲は文字通り二つの川に挟まれている。西の対岸が西中洲。夢翔は開店して2年の新しい店だ。タクシーに乗ったらすぐ近くの別館に連れて行かれた。間違ったついでに寿司コーナーを見せてもらった。カウンター席は板さんの向こうに川が見えるお洒落な雰囲気。「ここでもいいかなー」と思ったが、予約してもらったのは別の店。わざわざ店員がお迎えに来てくれたので、後ろ髪を引かれる思いで店を出た。

夢翔の本店もお洒落な店だったが、他所者にとってはこれと言って興味を持てる地元の物が少ない。悩んだ末に頼んだのが北九州で採れた筍の焼き物と地元の山菜の天ぷら。
筍が目の前で焼かれているのを見ていると、忘れていた少年時代のことが浮かんできた。

筍と山菜(つくし、雪ノ下、わらび、etc)

銀髪は小学校6年生の6月まで福岡に居た。友達に大地主の息子がいたが、彼の家にはゴルフ場に隣接する広大な庭(山?)があった。ゴルフ場もかつては彼の家の土地だったそうで、その庭で竹の子を掘った。春先なので日が暮れるのは早い。散々遊んでから掘り出した大きな竹の子を自転車の荷台に乗せて、得意満面で帰宅したら大目玉を喰らった。母は暗くなっても帰って来ない息子を心配していた。

家からちょっと離れたところに川があった。そこを下流から上流まで探検する。途中、木の枝葉が川を覆う暗くて不気味なところを過ぎると、底なし沼と呼んでいた場所があった。真ん中あたりを通ると川底に引きずり込まれるからと、岸辺を恐る恐る横歩きする。映画「スタンドバイミー」の世界だが、もちろん底なし沼は嘘っぱちでドラマティックなことは何も起こらない。
暗くなって、泥だらけになって帰って来たらまたも「家の前 仁王立ちする 鬼の母」てな具合である。

夢翔には地元の食材が少なく、ちょっと不機嫌だった銀髪も昔のことが次々と思い出されて、酒も回り上機嫌になっていた。一緒にいたFも少年時代の武勇伝を語り始めた。誰にも勇敢で、冒険を好んだ少年時代があった。ビデオもテレビゲームもない時代のことだ。仮想世界ではない、実際にやった大きな探検(本当はどうしようもなくちっぽけな探検)や友達と作った秘密基地のことを自慢しあった。

穴子の刺身と塩焼き


夢翔は海鮮だけでなくフォアグラなど洋食の素材も扱っている。

今日一番の味は穴子の塩焼きだったが、湧き起こった思い出が何よりも最高のご馳走だった。


夢翔
福岡県福岡市西中洲
092-734-6400
http://www.musho.net

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2006年03月30日

桜  満開の桜と桜餅

今日のランチは何にしようかとぶらついていたら日本橋さくら通りに入った。今が盛り、満開の桜並木である。

さくら通りは東京駅八重洲口に面する外堀通りを出発点にして、日本橋高島屋の横を抜け昭和通りを越えて茅場町まで続いている。昭和通りで分断される以前は素晴らしい桜並木だったに違いない。分断されたとはいえ、今でも桜が満開の時期は華やかな通りになる。

ランチの料理を撮ろうと思い、たまたま持っていたデジカメで桜並木を写したが、肉眼での美しさはどうしても捉えることはできない。誰にも「私の桜を見るポイント」があるはずだから、今週末にでもじっくりと桜を堪能してもらいたい。

銀髪はオーストラリアに7年半いたが、その間日本の花見が羨ましくて仕方がなかった。季節はまったく逆だが、オーストラリアにも春を告げる花・ジャカランダがあった。しかし、花を見ながら酒盛りをする習慣はなかった。
日本では「長屋の花見」という落語があるくらいだから、花見の歴史は半端ではない。遡れば秀吉の時代、あるいはもっと前の時代までいってしまうのではないだろうか。

帰国して初めての春、千鳥ヶ淵に会社の同僚たちと花見に行く機会が訪れたときは嬉しかった。夜桜の下での酒盛りは肌寒くて震えながらであったが、デパートで買った惣菜を肴に大いに酒を飲み盛り上がった。泥酔した部長が部下の女性社員の体を触って、翌日大問題になるおまけもついたが‥

帰国して数回花見をしたが、やがて飽きた。「ふるさとは、遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」室生犀星の詩の本来の意味とは違うかもしれないが、憧れているときが一番楽しいと悟ったものだ。

桜を見上げながらさくら通りを歩いているうちに、会社の女性たちに桜餅を買って帰ろうと思いついた。高島屋地下の食品売り場の一角に和菓子屋が数件並んでいる。最初に見つけた桜餅は関東系の焼き皮で餡を包んだものだ。なんか違う感じがしてもう少し歩いて京都「鶴屋吉信」の道明寺粉の桜餅を買った。
調べてみると関東系の正式名は「長命寺」で、関東ではこれが桜餅である。江戸時代から作られている由緒正しいもので、関西系のものは桜餅ではなくて「道明寺」と呼ぶらしい。桜餅一つにしても難しいものだ。

さて、この桜餅。桜の葉はむくべきか、そのまま食べるべきか。
桜の葉は食用に栽培されたものを使い、半年ほど塩漬けにしたもので、もちろん食べることができる。子供の頃はみんなむいて食べていたが、大人になると通はむかないで食べるという。

ネット上でも議論になっているが、どちらにしても甘いものを食べない銀髪にとっては関係ない話ではある。


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2006年03月29日

[酔心](広島)  広島の銘酒と料理

東京でもよく見る「酔心」に広島で行ってみた。

広島に来たが今日は泊まらないので、食べることができるのは昼のみ。何を食べるか悩んだ。広島駅に着いたのは12時過ぎだったので、お好み焼き屋には行列が出来ている。それほど時間がある訳ではないため、駅ビルのどこかで食べるしかない。レストラン案内を見ていると見慣れた名前の店を見つけた。「酔心」だった。

広島の酒と言えば「酔心」と銀髪の頭にインプットされている。居酒屋の「酔心」は東京にも西新橋、銀座、新宿と3店舗があり、広島料理を謳っているのでてっきり酒の蔵元が経営している店と思っていた。しかし、居酒屋の「酔心」で会社案内の冊子をもらったが、どこにも蔵元の名前は書いていない。

酒の酔心の蔵元は株式会社酔心山根本店で創業は万延元年(1860年)。「酔心」が誕生したのは明治の中期とのこと。横山大観画伯がこよなく愛した酒が酔心だった。
「大観にとって醉心は主食であり、米の飯は一日を通じてわずかに朝お茶碗軽く一杯程度のもので、後は全部醉心でカロリーを取っていたといわれています。」と酔心山根本店のホームページに書かれていた。

なーんだ。大観て銀髪と同じじゃないか。銀髪も米の飯は朝だけの日が殆ど。「夜は消化に悪いので固形物は摂らない」などとほざいて酒ばかり飲んでいる。学生のときには「銀髪から酒を取ったら酒粕しか残らない」などと揶揄されたものだ。今では本当に弱くなってしまったが。

大観の愛した酔心。勝手に店の名前に使っていいのだろかと思ったら、東京の料理屋酔心は「安芸路」が付いて「安芸路酔心」、広島の店は「釜飯酔心」だ。類似商号で争っているのかと思う反面、蔵元にとって料理屋の酔心は大口ユーザーで仲良しかもしれない。

さて、「釜飯酔心」広島駅新幹線店の入り口右手にある料理サンプルを見ながら思案した。今更牡蠣でもあるまい。東京の天ぷら屋で「瀬戸内の穴子は絶品だが殆ど地元で消費される」と聞いたばかりなので穴子を食べることにした。

定番の穴子めしは蒲焼風のものがご飯の上に乗っているものだが、何か違うものが食べたい。そこで見つけたのが穴子丼。穴子丼と言えば穴子天丼と思ったが、酔心の穴子丼は天ぷらの卵とじ丼であった。穴子の味よりだしが効き過ぎている感もあるが、柔らかく、ホクホク、ホカホカしていて意外と美味しい。鯛のお吸い物もついて945円は充分満足できる品だった。

広島名物は牡蠣、お好み焼だけではない。広島に来たら穴子を是非食べて欲しい。牡蠣はもうすぐシーズンを終えるが、夏に向けて穴子には脂が乗り旬を迎える。

釜飯「酔心」 新幹線店
広島県南区松原町1-2
082-568-2251  
http://www.suishin.or.jp/

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2006年03月28日

[文福](滋賀県大津)  一流の料理とサービス

大津がどこにあるかイメージできる人は意外と少ないのではないか。琵琶湖の恵みと京料理は期待できるかもしれない。

京都駅から大津まで快速で2駅、たった10分程度しかない。近江牛や鮒寿司などの名物はあるが、ついつい京都で食してしまう。地元の人にとってはプライドをかけて地元の名店を紹介したいだろう。そこで宴会がアレンジされた。

文福は創業40年の日本料理店だ。大津には寺が多く、書画などの美術品がたくさんあるそうで、先代の女将が何年もかけて蒐集した風格のある名作が何枚も壁にかけられており、壷がどっしりと畳の上に座っている。格式を感じる店や女将の雰囲気に料理に対する期待も高まってきた。

先付け

先付けが出てきた。きれいに盛り付けられていて味も悪くない。しかし、途中から今日の約50人の宴会は文福には辛いかもしれないと思い始めた。

東京六本木ヒルズにあるグランド・ハイアット東京では、500人もの宴会料理をほぼ完璧にサービスした。料理は同時に各人の前に配され、暖かいものは暖かく、冷たいものは冷たく、美味しく食べることができる状態で出てきたのには感動した。ヨーイドン!で一斉に全員が食べ始める。大宴会をさばくノウハウがしっかり出来ていた。

文福では料理の出てくるタイミングがバラバラだった。会席の4品目位から、同じ料理が全員に行き渡るのにかなりの時間を要し始めた。客の担当が明確ではないため、女将や仲居さんが料理が行ってないお膳を探しあぐねて立ちつくす場面が増えてきた。災いは最後に銀髪に来た。

ふぐの唐揚がいくら待っても銀髪のところに来なかった。両隣にはすでに来ている。仲居さんに指摘したら、調理場に走ったはいいが、調理場では人数分出ていると言われたとか、追加するにも材料がないとか言い訳をする。
「他の料理をお持ちしますがよろしいですか?」と言うので待っていたら、なんと食べない客がいたからと、その客のお膳から冷めたふぐの唐揚げを嬉しそうに持ってきたのには呆れた。固辞したら「一口でも食べてもらわないと、私の気が済みません」と言われたのでキレてしまった。
ベストの状態でないものを客に出すことが平気なのだろうか、自分の気が済めば客の気持ちはどうでもいいのだろうか。それでミスが帳消しになると思っているのだろうか。

文福に限らず、地方の一流と言われる店でも料理の説明ができる給仕係がいる店は少ない。東京の一流フレンチやイタリアンでは料理だけでなく、素材の説明まで出来るように給仕係は教育されている。

女将が「一番力を入れている料理です」と言った「鯖寿司」は本当に美味かった。京都の名店で食べたものよりも美味いかもしれない。

絶品の鯖寿司

店の雰囲気・格に合った料理はもちろんだが、サービス・心構えをも一流にして、プライドを持って京都を越えて欲しいと思った。少人数の宴会ならまったく問題なかったに違いないが、アクシデントが起きたときが勝負どころだ。完璧な人はいない。誰にもミスはある。

文福さん、今回はちょっと残念でしたが、また鯖寿司を食べに行きますので次回はよろしくお願いしますね。

文福
滋賀県大津市梅林1-15-12
(077)522-3983


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2006年03月27日

[えびす海岸](恵比寿)   氷下魚(コマイ)

大学時代の同級生が集まるときは、いつもSが関わるこの店に集まる。美味い魚介類と酒がある。

Sがプロデュースするこの店は、海の家かバラックで飲んでいるような気にさせられる店だ。料理はいつもSが仕切るから、自分のわがままは言えない。酒もSに勧められるものを飲むだけだ。こちらの好みを知っているのでいい酒が出てくるのは間違いないが。
今日は大阪に左遷されたと嘆くIをみんなで励ます会だ。

初春の定番「菜の花のおひたし」と「ふきのとうの天ぷら」

刺身の盛り合わせ

真ん中の白いのが「のれそれ」で穴子の稚魚だ。穴子は一年中獲れる魚だが旬は7,8月。従ってその稚魚は今が旬になる。これもなかなかいい。

もずくと青柳、塩水うに

づけ握りと明太子入り玉子焼き

氷下魚

氷下魚はコマイと読む北海道産の冬の珍味。柳葉魚はシシャモのこと。アイヌ語のシュシュ(柳)ハム(葉)の読みに字を当てたものだが、氷下魚はアイヌ語のコマエ(小さな音のする魚の意味)から来ているそうで、読みとは無関係のようだ。北海道の地名や魚などの名前はアイヌ語から来ているものが多く、漢字の読み方は難しい。沖縄も似たようなところがある。そう言えば昔は英語など外国語にも漢字や仮名を充てた。

大昔、我が家でサンフランシスコをなぜ桑港と書くか大議論をした。「昔から漢字ではそういう風に書くことになっている」と親兄弟に言われて「桑の産地でもないのに変だ」と子供の銀髪は納得しない。結局、議論は平行線のまま結論が出なかった。
今考えてみると「くわこう」と読んだのが間違いで「そうこう、さうこう」と読むべきだったのだ。サンフランシスコがさうこうと聞こえた人が桑港と書いたのではないだろうか。メリケン粉(小麦粉)、メリケン波止場のメリケンはアメリカの発音がメリケンと聞こえたからだそうだが、桑港も同じようなものだろう。

氷下魚を見て毎晩ご飯を食べながら家族で議論した頃を思い出した。我が家では食事中にテレビを見ることが禁止されていたので、みんなで話をしながら食事をした。家族団欒と言いたいところだが、いつも議論に発展した。毎回のように打ち負かされていたのが父親。議論が白熱し、結論が出ないと銀髪は辞書を取りに2階に駆け上がった。父の捨て台詞は「辞書が間違っている!」だった。

今、毎晩の議論で鍛えられた銀髪に迷惑している人がたくさんいる。一番の被害者は女房・子供たちだが、申し訳ないと思いながらも止められない。食事のときはテレビ禁止にしようと思うのだが、平和のためにはテレビがついている方がいいのかもしれない。

えびす海岸
東京都渋谷区恵比寿南3-4-1
03-3710-0778

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2006年03月26日

とんかつソース

とんかつを食べていて思い出した。外国でとんかつソースは売っていない。

オーストラリアに居たとき、家族が望むのでとんかつソースを買いに行ったが、そんなソースは地元のスーパーやデパートでは売ってなかった。仕方なく日本食スーパーに行って日本からの高い輸入品を買って帰った。

外国では揚げ物のことをカトレットとかシュニッツェルなどと呼ぶが、カツの専門店は見たことがない。日本人は世界一フライものが好きな民族かもしれない。豚、鶏、牛などの肉だけでなく、ミンチカツ、コロッケなどの加工品、海老、あじなどの魚介類、野菜、何でも揚げてしまう。外国でもシーフード・フライの盛り合わせを出す店もあるが、とんかつソース、濃縮ソースなどは置いてない。

調べてみたらとんかつソースはやっぱり日本で発明されたものだった。神戸のオリバーソースが1948年に超濃厚ウスターソースを「とんかつソース」と命名して売り出したのが最初。戦後生まれだ。他社が追随して「とんかつソース」の商標権を巡って訴訟沙汰になったらしい。大手メーカーが売り出して一気に全国の家庭に広がった。

そうなると、お好み焼きはどうだったのか気になった。「オタフクソース」は1947年生まれで、当初はウスターソースに醤油、砂糖、だしを混ぜ、片栗粉でとろみをつけていたとのこと。お好み焼き屋との共同開発で広島限定品だったようだ。

「オタフクソース」や「とんかつソース」が発売される前のお好み焼きはウスターソースを塗っていたことになる。いずれにしても濃厚ソースができたのは戦後のこと。濃厚ソースは甘くて子供向けの印象が強かったせいか、濃厚ソースよりかなり遅れて若干スパイシーでウスターソースの良さを思い出させる中濃ソースが発売されることになる。

東京下町のもんじゃ焼きが広まったのは関東大震災の頃というからかなり古い。味の決め手はウスター・ソースで、大阪のお好み焼よりはるか前に洋風ソースの味を取り入れていたことになる。
同時期の大阪ではベタ焼き、チョボ焼きと呼ばれるものが誕生したそうだが、醤油味だった。こちらは純和風である。 (http://www.botejyu.co.jp/i/kodawari/ikodawari5.html
とんかつソースが戦後生まれなら、大阪名物のお好み焼きやたこ焼きの味が確立したのも戦後のことになる。比較的新しい大阪名物だ。マヨネーズを塗るお好み焼が一般的になったのはさらに後のことになる。

ウスターソースの起源は19世紀の中頃、イギリス・ウースター市の主婦が野菜や果実の切れ端を捨てずに、こしょうやとうがらしなどのスパイス、塩、酢などを加えて壷に入れておいたところ、数ヵ月後、芳香を放つソースができていたとか。

イギリスで生まれたウスターソースが遠い日本に渡り、味や濃度を変えながら日本の全家庭に広まった。今では揚げ物、お好み焼き、たこ焼きには欠かせない日本の味になった。

銀髪はカツにとんかつソースをかけない。甘いのが苦手だし、素材の味よりソースの味が強いと感じるから。とんかつに醤油をかけて食べるのは銀髪だけだろうか?

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2006年03月25日

大皿、数人前の寿司

回る寿司、立ち食い寿司などは子供でも気軽に自分の好みの物を食べることができていい。大皿や寿司桶で数人分まとまって出されるとちょっと困る。

大先輩のHさんに誘われて3人で京橋にある「京すし」に行った。じっくり話せるようにとの配慮で、テーブル席に座った。テーブル席なので刺身や寿司は大皿に盛られてきた。寿司は幸い3個ずつ握ってあるので自分の分け前を食べやすい。

和洋中何でも大皿で出されると食べ辛いもので、みんな遠慮して少しずつ残ってしまうことが多い。一番困るのが寿司で、うにや大トロなど高いものと、巻物など安いものが混在していると遠慮合戦になってしまう。遠慮している間にシャリもネタも乾燥してしまって味も落ちてしまう。

Hさんの部下で働いていた頃、持ち帰り寿司を買ってきて社内で打ち上げパーティーをした。ここでも遠慮合戦になり、ひからびた寿司がいくつも残ってしまった。捨てるのはもったいないと思った上司は独身寮にいた銀髪に持って帰れと言う。温情のつもりだろうが、こちらにとっては迷惑極まりない。捨てようと思ったが親の教育が行き届いていて食べ物を捨てることができない。

賄がない寮だったので、自分でなんとかリサイクル料理を作ろうとした。まず、にぎりのネタとシャリをバラした。酢メシだからチャーハンにすることはできない。煮込んで酢を飛ばしてしまえば雑炊にできるかと思ったが、部屋中に酢の匂いが充満するだけで、時間をかけても酢メシを普通のメシに変えることはできなかった。結局この酢メシは捨てた。

にぎりのネタと巻物が残った。煮ても焼いても食えないならば残る料理法は揚げることだ。干瓢巻きや鉄火巻きを素揚げにした。なんとこれが成功した。酢はまったく気にならない。にぎりのネタはニンニクと炒めて醤油を絡めておかずにした。捨てるのは簡単だが、実験材料にすると楽しい。新しい料理・味が開発できることがわかった。

家で手巻き寿司をしたとき「とびっこ」が余った。明太子、しそなど他の残り物も入れて翌日の昼にチャーハンを作った。幸い酢メシは残らなかったので冷凍庫に入っていたごはんを使った。とびっこは炒めるとプチプチとした食感が生のときより際立つ。しその風味も活きた絶品のチャーハンが出来上がった。

昔ばなしに花が咲いて、料理人の話は聞けなかった。「京すし」は美味い寿司、刺身を手頃な値段で食べることができると評判の店だ。
今度はカウンターに座って、じっくりグルメ紀行のネタにさせてもらおうと思った。

京すし
東京都中央区京橋2-2-2
Tel:03-3281-5575

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2006年03月24日

[おかめ](築地)  御座敷天ぷら

広告もない、ネットのグルメ検索でもひっかからない。そんな店は誰かに教えてもらわなければ行けない。

築地小学校の近く、「つきぢ田村」の一画に「おかめ」がひっそりと佇んでいる。ガラガラと扉を開けると、玄関に靴が一足だけ置いてある。おばあさんがゆっくり出てきて案内してくれた部屋に、既にこの店の紹介者が来ていた。靴は彼のもの。残りの二人はまだ来ていない。

紹介者が日本一の天ぷら屋と言う「おかめ」は6人部屋と4人部屋の御座敷が2つ、一日二組しかお客を取らない。昔は日本を代表する映画監督である小津安二郎が贔屓にした店らしく、映画界の人が多数この店で激論を交わしたと言う。確かに小津安二郎が好みそうな雰囲気の店だ。「晩春」や「東京物語」の原節子、笠智衆がふすまを開けて入ってきそうだ。

店主のおじいさんは資生堂パーラーのコック長をしていたそうで、老舗の天ぷら屋という訳でもなさそうだ。
使う油は綿実油。江戸前の天ぷら屋はごま油を、大阪は菜種油を使う傾向が強いが、おかめはなぜか綿実油。風味にくせがないのでサラダ油、マヨネーズ、オイル漬けなど通常は生食用に使われることが多いが、店主が試行錯誤の末に天ぷらに最適の油と思ったそうだ。ごま油は美味すぎて素材の良さを殺しかねないと言う。

使う素材は旬のものにこだわるが、決して奇をてらわない。揚げるものは極めてシンプルな素材ばかりだ。変わったものと言えばベビーコーンぐらい。これは焦げるぐらいにじっくり揚げる。焼きとうもろこしのように焦げ目をつけることによって香りを引き出す。

素材によって揚げ時間も変える。総じて他の天ぷら屋よりも揚げ時間が長めのようだ。そのせいかカリット揚がり、サクッとした食感が堪らない。愛情込めて揚げながら、その素材のことを説明してくれる。几帳面そうな顔に優しく、楽し気な笑顔が絶えない。

全部は紹介できないが、左上から菜の花、えび(天草)、きす(葉山)
左下からコシアブラ、本シメジ(丹波)、さより(木更津)エリンギ。
材料の産地を説明してくれる。

唐辛子(京都万願寺)とあなご(江戸前)

食べやすいサイズの穴子の天ぷらを最後にして、しらうおかき揚げの天茶を食べた。

リノール酸を多く含む綿実油は食後の胃もたれ感もない。4人全員が程よい満腹感に浸っている。たっぷりの綿実油は1回こっきりでお役ゴメンで捨てられる。ああ勿体ない。

先ほどのおばあさんは店主の母親らしい。小津安二郎が常連だったからといって格式ばったところもないアットホームな雰囲気の店だった。紹介者にご馳走になってしまったが、御座敷天ぷらというほどには高くないと言う。

また来たいと言いたいところだが、紹介者が予約を入れたのは2ヶ月前。一日二組しか客を取らないならそれも止むを得ないか。運良く入れるときを逃してしまうと、いつまでも待たなければならないかもしれない。


おかめ
東京都中央区築地2-12-2
03-3541-2288

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2006年03月23日

[里の](金沢)  金沢の郷土料理

確かな腕とこだわりがあっても店が流行るわけではない。しかし我を張り続ける板さんにはちゃんとファンがいる。

金沢のお客Iさんと割勘で飲みに行くことになった。どこに行くか分からぬままにタクシーに乗った。金沢駅から歩いて行ける店だが、住宅街の路地にある店はよそ者が探し当てることは困難だろう。扉を開けると左に長いカウンター席があり、その奥に座敷がある。Iさんの配慮で座敷が予約されていた。

Iさんが銀髪グルメ紀行のことを大将に話してくれた。大将の顔が輝いた。「お任せします。嫌いなものはありません」と言うと、ますます嬉しそうな顔になった。「大将にうんちくを言わせると大変ですよ」とIさんが笑って言うが、望むところだ。

金沢産の丸いも・つくねいもとしめじの和え物。筍。

刺身は白カレイ、真かじきの白皮、たこの頭。平目は噛むと甘いがカレイはドンとくる美味さと言う。たこは皮を剥いで細く切ってありコリコリする。真かじきは薄い桃色だったので「鮭ですか?」と聞いたら「鮭は刺身で食べる魚ではありません」とにべもない。

せんな(天然わさびの葉と茎)のおひたし風。

茶八目(黒めばる)の塩焼き

ふきのとうみそ

米なすのオイル焼き

小阪蓮根(加賀れんこん)、ゆり根、鰻、銀杏の汁物。
蓮根は卵白を加えて練り物のよう。

あじの酢絞め

つきのわ熊の刺身

次から次に金沢の食材を使った料理が出てくる。一品一品大将は丁寧に説明してくれる。酒は福光屋の大吟醸。

大将の板谷さんは数年前まで近くの今は空き地になっている場所に小屋を建てて商売をしていた。評判が良かったのだろか、立派な店を開くまでになった。現在53歳だがもっと若く見える。
優しい顔、話し方の割には頑固一徹。酒は飲めないのに酒に合う肴を作るのが生き甲斐か。

Iさんは、板谷さんのことを嬉しそうにけなすが、本当は随分と気に入っているのだろう。その証拠に銀髪が金沢に来ると聞いて、最初に選んだのがこの店だった。

お開きにして座敷を出ると、カウンターに常連さんが3人座っていた。忙しそうに料理を作っている板谷さんに声をかけると「今度はカウンターに座ってくださいね」と言われた。

望むところだ!


季節料理 「里の」
金沢市芳斉1-13-22
076-223-4371

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2006年03月22日

[ソル・アミーゴ](池袋)  タコ酢?

ワールド・ベースボール・クラシック優勝バンザイ! メキシコよありがとう。お陰様で日本は野球世界一になることができました。そこでメキシコ料理。

メキシコ料理に最初に出会ったのは1978年にアメリカに行ったときだった。大学生の貧乏旅行である。食事はファスト・フードが多かった。マクドナルドをマクダーナルズと発音することや、フライドポテトのことをフレンチフライと呼ぶことを知った。

毎日ハンバーガーでは飽きてしまう。そこで食べたのがタコスだった。最初はひどく汗臭い匂いがして馴染めなかった。ところが何度か食べるうちに病みつきになった。皮(トルティーヤ)はパリパリの固いものも、柔らかいものも好きになった。

アメリカ風タコス

翌年、社会人になって豊橋に赴任したが、アメリカ旅行から帰って以来タコスを食べることはなかった。1984年頃、支店長がたこ焼きパーティーを支店長社宅でやると言い出した。そこで思わず言ってしまった。「メキシコ料理でタコスというのがあります。たこ焼きとタコスでたこたこパーティーをやりましょう!」

トルティーヤが豊橋で手に入るわけがない。東京の実家に戻ったときに探すことにした。日本橋高島屋、銀座三越、新宿伊勢丹などなど。どこにも売っていなかった。支店長になんと言って謝ろうかと絶望感にひしがれながら入ったのが実家に近い成城石井。成城学園前駅のすぐ前にあった八百屋が輸入食品を販売する高級スーパーに転換して間もない頃のことである。

なんとここにトルティーヤはあった。こんなに近いところにあったことをうらめしく思ったが、喜びの方が大きかった。豊橋に持って帰り無事たこたこパーティーは開かれた。支店の女性たちのポイントを大いに稼いだのは言うまでもない。

それから数年して普通のスーパーでトルティーヤを見つけた。今ではお馴染みになった黄色い箱の正札には「タコ酢」と書いてある店もあった。あまりに面白かったので、店員に教えずしばらくの間、前を通る度に笑った。そのうち訂正されてささやかな楽しみはなくなってしまった。

メキシコ料理屋は都内でもあまり多くない。池袋駅西口から3分のソル・アミーゴに行った。昨年11月にできたばかりで、料理は半額である。メニューを見て唐辛子が3つ付いているもの中心に頼んだが、銀髪にとってはそれほど辛くなかった。

メキシコビールとチリ

料理が半額なのでちょっと高めだが5種類のメキシコのビールを飲んだ。ライムを入れて飲むものと、入れないものとがある。アルコール度数は右端の黒ビールだけが5.3%で他は4%と軽め。赤ワインをグラス1杯飲んで、下の写真の料理と最後にアメリカ風タコスを食べた。料金は全部で約6,000円。若いアルバイト店員と話しながらの気軽な食事。味も及第点だった。

チリコン・カルネ、プリトー、チョリソー

チェーン店だそうだが、横道から地下に入る店の客の入りはあまりよくない。女性とカップルばかりでは辛いだろう。男同士でたまには居酒屋ではなくてメキシコ料理でもいいと思うのだが。


メキシコ料理 「ソル・アミーゴ」池袋店
東京都豊島区池袋2-13-3 佐藤ビルB1
03-3985-1464
http://www.amigo-jp.net/

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2006年03月21日

[小はれ日より](銀座)  料理人と会話しながら中華三昧

こだわりの料理人が楽しく中華を教えてくれる。一人でもカウンターで本格中華料理を楽しめる。

銀座一丁目交差点近く昭和通りからちょっと入ったビルの地下に「小はれ日より」はある。ドアを開けて階段を下りてテーブル席を抜けると左手のキッチンに店主・料理人の高橋さんがいた。メニューはなく、嫌いな素材を言ったら後はお任せだ。

今日のお供のYは椎茸が嫌いと言う。「あれっ、そうだっけ?」と言ったら「前に言いましたよ」と睨まれる。「いい椎茸を食べたことないんだろう」と言ったら、「同じことを前に言われました」と怒られた。いいじゃないか、もう呆けオヤジなんだからと言おうとしたが、その台詞も前に聞いたと言われそうなので話題を変えた。

最初は薬膳スープ。朝鮮人参の香りがするが、飲みやすくコンソメスープのようだ。山くらげのピり辛炒めは酒の肴にいい。筍は柔らかく辛味が素材の甘味を増す。皮に近い部分を残したら、一番美味しいところなので殆ど食べつくすように勧められる。ザーサイも工夫がある。

ビールの後の酒はもちろん紹興酒。8年物の古越龍山の甕だしはメルシャンが輸入する定番の酒。かつては粗悪酒にザラメを入れて飲んだが、今は常温のストレートで飲むのが正しい。酒についても高橋さんと話が合う。試してみてくださいと出されたのが乾燥ハイビスカス。紹興酒に匂いがついて面白いが、やはり生のままがいい。

まぐろのづけは中華の香辛料が効いている。烏骨鳥の花山椒ソースにはオレンジ色の金針菜が乗っている。生の金針菜(右端の写真)を見せながら、ほうれん草の10倍の鉄分を持つと説明を受ける。

丸く膨らみのある四川産と、おなじみの日本産の唐辛子をたっぷり使った地鶏の唐辛子炒め。香りが良い四川産と、辛味が強い日本産の2種類の唐辛子を使うこだわりだが、辛すぎるのかYは一口食べた後はヒーヒー言って水ばかり飲む。残りは銀髪が全部平らげた。

口直しが帆立と野菜の炒め物。メインはお焦げのあんかけ。

デザートは餡子の餅にイチゴ、杏仁豆腐。銀髪にはちょっと甘いな。

ラー油の作り方を教えてもらったり、日本と中国の山椒の違いを聞いたり、銀髪にとっては楽しい店だ。自慢の坦々麺は後日1人で食べに来た。次回は麻婆豆腐を食べに来よう。

餃子やラーメン主体の町の中華料理屋でもフカヒレや鮑を出すような高級中華料理屋でもない、今まであまりないタイプの中華料理屋。これからどのように発展していくのだろうか。客がたくさんついて繁盛して欲しいような、いろいろ話しができる程度に空いていて欲しいような、ちょっと複雑な気持ちになってしまった。

サービスしてくれる女性も気持ちがいい。名無しの料理には彼女がその都度勝手に名前をつけてお客様に説明すると言う。
店主との関係は聞き忘れた。

座るならカウンターかカウンターが見えるテーブル席がいい。一味違った食事・会話が楽しめる。


美食同源 銀座 「小はれ日より」
東京都中央区銀座1-15-8 銀座耀ビルB1F
04-3538-0554

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2006年03月20日

[さかい](銀座)   銀座で寿司も怖くない?

寿司屋に入るのは勇気がいる。まして銀座の寿司屋のカウンターなんて気軽に行けるところではない。

学業の世界に戻るという若手の送別会をすることになった。日本橋界隈なら行きつけの店もあるが、最後に銀座で寿司をご馳走しようと思った。しかし、知っているのは銀座久兵衛くらい。そんなとこでちょこちょこ食べても、若者は食った気がしないだろう。腹いっぱい食べられたらこちらが破産する。

困った末に思いついたのがクラブの女性たち。彼女たちが同伴で行くのは寿司屋が多く、寿司屋を語らせたら次々に名前が飛び出す。事情を話したら同伴ではなく自腹で行く店を紹介してくれた。それが「さかい」だった。

ぐるなびで「さかい」を検索しても、出てくるのは焼肉屋ばかり。「鮨処さかい」と引いてわずかに出てくるだけだから、知る人ぞ知る店なのだろう。日航ホテルの裏の道を歩くと、店はすぐに見つかった。階段を下りて扉を開けると、右手のカウンターに通された。
辞める男と同期の二人は慣れない銀座の寿司屋のカウンターで居心地が悪そうだ。

例によってつまみに刺身を頼む。まぐろ、いか、はまち、甘えび、あじ、こはだ、赤貝。盛り合わせではなく切った刺身をその都度下駄の上に出してくれる。今日のハイライトはかつお。

かつお

初かつおと言うにはちょっと早いが、先週よりも脂が乗ってきたと、店主も機嫌がいい。

肝和え

刺身だけでなく一工夫した酒の肴も美味い。
今日の主役と話していると、向こうの二人は既に遠慮の時間は過ぎてさっさと握りを頼んでいる。主役も負けじと食べ始める。こうなったら今度は銀髪が彼らの会話に加わるのを遠慮して、店主の酒井さんや若い鈴木君に付き合ってもらう。

酒井さんは前にいた店がなくなって、約4年前に独立してこの店を開いた。鈴木君は独身の美男子だ。8丁目は同伴に絶好のロケーション。さぞや美女たちも大勢くるだろうと思ったら、「それほどでもありませんよ。もっと来て欲しいんですけどね」と酒井さんは言う。

少し寿司を頼んだ。ようやく湯気が消えたかにも握ってくれた。

「高級寿司屋はグダグダ飲んでいて、あまり寿司を食わない客を嫌うんだよね」と言ったら、「そんなことはありませんよ」と優しい。ネタの話になると次から次に楽しい話が出てくる。確かな素材を仕入れている気概も感じられる。
「無口」「人見知りする」と酒井さんのことを言う女性たちもいたが、決してそんなことはない。

若い3人に「椀物いるか?」と聞いたら全員が頷く。気軽に飲めて、楽しく食べることができるいい店だ。

さすが、銀座のクラブの女性が自腹でも来る店と言うだけはある。但し、「自腹でも」がいくらぐらいを指すのかは人それぞれ。国内産の食材しか使わない銀座の店を回る寿司や郊外の寿司屋と比較するわけにもいくまい。


鮨処 さかい
東京都中央区銀座8-4-5  八官ビル地下1階
03-3289-8055

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2006年03月19日

日本酒

「日本酒の復権を目指して」などと大上段に構えるつもりは毛頭ないが、いい和食にはいい日本酒を合わせたい。

大学を出て入社してすぐに大酒飲みであることがバレた。そんな銀髪を先輩が夕食に呼んでくれた。
一升瓶を抱えた先輩はラベルのところを隠して酒を注ぎ、銀髪に銘柄を当てろと言う。銘柄なんか分かるわけはないが、先輩の得意気な顔を見て閃いた。銀髪は一口飲んで勿体ぶって答えた。「剣菱ですね」と。先輩はちょっと驚いた後、「そうか、やっぱりわかるか。何たって剣菱だからな」と喜んだ。あまりにも嬉しそうなので、銀髪は種明かしをしなかった。

等級制度があった時代、剣菱は名酒として知られ容易に手に入らない時期もあったが、人気が出てから他の酒蔵を買収するなど大量生産に走り、名を落とした。

オーストラリアに赴任してから日本酒は滅多に飲まなくなった。日本からの輸入では値段が高く、しかも防腐剤が入っていたからだ。それに反して豪州ワインは高品質で安い。いつしか、日本酒を馬鹿にするようになっていた。

帰国して「あさ開」の純米酒をご馳走になって驚いた。オーストラリアにいる間に等級制度は廃止され、酒は格段に旨くなったことを知った。純米大吟醸なんて今まで飲んだこともない酒だった。たまにワインを飲みたくなって酒屋に行くとオーストラリアの3倍も高いワインを買う気がしなくて、いつも純米酒を買って帰った。

格段に旨くなった日本酒だが、等級制度がなくなってからは品質表示が変わった。
醸造、純米、吟醸、大吟醸など。その意味を正確に話せる人は少ない。

米、米麹、水だけで作られている酒のみ純米酒と表示できる。純米と書いてなければ吟醸や大吟醸でも醸造用アルコールを加えたものである。

醸造用アルコールの白米に対する含有比率、および精米歩合で表示が分けられる。精米歩合70%とは米を30%削ったことを意味する。精米歩合が低いほど精米の手間がかかる上に、原料米から出来る酒の量は少なくなり、値段が高い酒になる。

純米大吟醸(白米100%、精米歩合50%以下)、純米吟醸(白米100%、精米歩合60%以下)、純米(白米100%、精米歩合70%以下)、本醸造(白米90%以上+醸造用アルコール10%以下、精米歩合70%以下)。これを基本として覚えておけばいい。吟醸や大吟醸でも醸造用アルコールは10%以下に制限されている。

醸造用アルコールは、含糖物質やデンプン質を原料に醸造し蒸留されたアルコール。アルコール度数は60~70度と高い。これを入れると香りが高く、すっきりした味わいになると言われる。昔は米不足のため大量の醸造用アルコールを添加する三倍増醸法がさかんに行われた。今もコスト削減のために用いられているが、味を整える効果もあるそうで、醸造酒が旨いと言う人を味がわからないと責めることはできない。プロがブレンドしたものを素人が易々と見破ることはできない。
それでも、なんと言われても純米がいいに決まっている。

純米大吟醸は悪酔いしないと言う人は多いけれど、案外正しいのかもしれない。不純物が少ないのだから。
ただし、大酒飲みにとっては飲みやすければより大量に飲んでしまい、勘定書を見せられた瞬間、一気に悪酔いする。味も値段も純米酒が無難である。

富山空港に陳列されている名酒

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2006年03月18日

[御歌囃子おかばやし](日本橋) フォークの神様のお店

会社の周辺はたくさんの飲食店が集まっているが、気になる店を見つけてもついついいつもの店に行ってしまう。意を決して久し振りに新規開拓をした。

我々の昼食はいつもは11時半までには終わる。早い時間はどこの店も空いているが、今日は珍しく12時スタートと出遅れてしまった。御歌囃子に人が並ぶのを見たことがないので、きっとガラガラだと思ったら混んでいた。しかも女性が多い。店名のとおり雰囲気がある店だから、女性に人気があるのだろうか。

ランチは800円、1,000円、1,200円の3種類。Mさんのお勧めで1,200円の定食を頼んだ。

Kが「ここは有名な歌手のお店だそうですよ」と言うので冗談で「岡林信康か?」と言ったら「そうです」と答えた。これには驚いた。
岡林信康と言えばフォークの神様と呼ばれた団塊世代のスター。銀髪の次兄が好きで、アルバムを持っていたので良く聞いた。「友よ」「山谷ブルース」「チューリップのアップリケ」など社会性のある歌が多かった。岡林を聞くと、恋愛の歌が多い井上用水やかぐや姫などが軟弱に思えた。その彼が居酒屋? 信じられない。

後日、あのねのねの清水國明氏に会った。「自然楽校」という会社を作り、河口湖で事業を展開している。こだわりのインタビューに出てくれることになり、いろいろ話していたら御歌囃子の話になった。彼も驚いていた。「一緒に飲みに行きましょうか?」と誘ったら「即座にOKしてくれた。
今度は夜に行った。

刺身の盛り合わせ

ランチの時間は従業員も忙しくて話しかけるのが難しかったが、夜はさすがにのんびりしている。店の女性をつかまえて話をした。岡林信康が経営してる店と思ったのは勘違いだった。コラボレーションだと言う。昨年8月にオープンしてから数ヶ月は毎月1回、店に来て歌っていたが、このところ少し間隔が開いているそうだ。

本人の代わりと言う訳ではないが、岡林のお嬢さんが東京に住んでおり、ご主人と頻繁に飲みに来るそうだ。この店で岡林の著書やCDを売っており、清水さんは即座に1冊購入した。岡林は還暦を迎える。清水さんは55歳。岡林は清水さんにとっても憧れの存在に違いない。しばらく会っていないとのことで、なんとか連絡を取りたいと店の人にお願いしていた。

自然楽校は河口湖に新たに劇場を開設する。居酒屋「御歌囃子」がきっかけとなり、岡林がそのステージに上るようなことがあれば、銀髪が縁結びの神になる。

そうなる日が来たらいいなあと思いながら店を出た。

閉店しました


御歌囃子(おかばやし)
東京都中央区日本橋2-1-17 丹生ビル1階
03-5255-6313

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2006年03月17日

[業平屋](両国)  こだわりの蕎麦屋

両国駅から徒歩で約5分。酒飲みに嬉しい蕎麦屋がある。ビルが建て直され、以前の場所に戻って店もきれいになった。

時代劇で酒を飲むシーンは蕎麦屋が多い。蕎麦屋に酒を置いていたのか、居酒屋に蕎麦を置いていたのか、どちらが正解だろう。昔はそばと言えば細い麺ではなく、そばがきだったという説もあるが、それなら居酒屋の肴の一つがそばだったのかもしれない。

蕎麦屋は入れる具材が豊富なだけに、酒の肴にも事欠かない。卵、天ぷらに使う海老や野菜、鶏肉、鴨、豚などなど。これを使えばどんな料理だって出来上がる。酒の肴がよければ酒も旨いものを飲みたくなる。

業平屋も同様で定番の材料で美味い肴を作ってくれる。出し巻き卵はお勧めの一品だ。鴨南蛮に使う鴨をオーブンで焼いたものは塩味だけでも充分だが、添えられた柚子胡椒で食べると旨味が増す。
海老は和風のエビチリに変身して出てきた。醤油味の変り種エビチリはいかにも蕎麦屋ならではのもの。

この店は他の蕎麦屋とは違って、どうしてこんな材料があるの?と思うような料理も出てくる。
ししゃもは北海道厚岸産の本物。日本で流通しているものは北欧産などが多く、殆どが「もどき」だが、ここのししゃもはよく太った本物の子持ちししゃも。大将の顔が誇らし気だ。

大根と牛すじの煮込み、すずきの昆布締め、春巻きなどは、メニューにはない料理だろう。

業平屋にある酒で一番高いのが石川県菊姫酒造の「黒吟」。清酒には珍しい3年熟成の濃い酒は、酒屋で買っても一升瓶で3万円もする。
新潟県長岡の朝日酒造は久保田で有名だが、万寿より高い洗心、得月、呼友なども置いてある。
大将自慢の酒は浦霞の数量限定品、エクストラ大吟醸。酒が飲めないはずのIがうまいを連発しながら飲んでいる。
まだまだ色んな種類があるが、大将のウンチクに釣られて飲んだら、いくらかかるかわからない。

すっきり、甘めの大吟醸よりも、のん兵衛には純米酒で充分だ。肴はそば味噌があれば何もいらない。

最後に富士山の水で売った蕎麦を食べる。蕎麦湯用にわざわざ濃い目に作った蕎麦湯を飲む。
寿司屋で寿司を食べない。蕎麦屋でそばを食わない。酒を飲んだらメインを食べないダメな銀髪だが、今日は珍しく盛りそばを食べた。
しかし、いい酒を飲みすぎて、看板料理の写真は撮り忘れた。


業平屋
東京都墨田区亀沢2-15-8 石川ビル1F
03-3622-7978

移転しました
業平屋
東京都 墨田区亀沢2-8-7
03-3622-7978

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2006年03月16日

[嶋村](八重洲)   老舗の新メニュー

嘉永3年「仕出しの嶋村」として創業、文久元年には料理番付にも載ったそうだ。要は155年もの歴史を持つ老舗割烹。運良く予約を取れた。

景気が回復してきたのは料理屋の予約状況を見ればよくわかる。高級店の個室の予約が取り辛くなってきた。「玉ひで」「日山」「人形町今半」など、予約の電話を入れるがすべて断られる。「嶋村」にダメモトで電話をしたが、案の定個室はない。しかし、広間を衝立で仕切るセッティングなら入れるという。別の店をトライするには疲れてしまっていたので、受け容れた。

老舗ではあるが特に気取ったところはない。料理もチマチマしない豪快さが漂う。値段も目が飛び出るほどではない。ちょっと高い居酒屋と言えばいいのか、気軽な割烹と言えばいいのか迷う。

いつもは1階のテーブル席で食べるが、今日はお客様と一緒なので座敷に上がりコース料理を頼んだ。創業155周年記念の特別献立「早春の宴」(税込み6,090円)の献立を見ると割安に思えた。嶋村の看板料理は鯛かぶと煮だが、このコースにしっかり入っている。

お通しを食べながらビールを飲んでいると次の料理が運ばれてくる。

小鉢(河豚あらの煮凍り)、造り(下関とらふぐ刺身)、煮物(風呂吹大根 柚子味噌 海老柴煮 巻湯葉 銀杏 梅麩)と続く。

真鯛かぶと煮

里芋、竹の子、絹鞘を従えて、お目当てのかぶと煮が出てきた。目玉と口のところのトロトロがたまらない。味付けはかなり甘めである。老舗料理屋の看板料理は総じて濃い味付けに感じる。
若い二人は次々に料理を片付けていくが、50を超えた二人の箸は動かなくなってきた。盃の手だけは止まらない。

鍋(越前カニと八種の野菜)

かぶと煮が出てきて満足していたら、まだ鍋があった。もう食べられないと思っていたけれど、これが大ヒットなのである。千切りの白菜鍋とは意表を衝くアイデア料理。シャキシャキ感が残る程度にサッと茹でて食べるのだが、これがいい。越前カニから主役の座を奪ってしまった。今のオーナーが考えた料理で、仲居さんがつきっきりでサービスしてくれる。白菜がクタクタにならないうちに食べてもらうためのこだわりで、仲居さんもこの料理の時は緊張して鍋を見つめている。
この料理なら自宅でも簡単にできそうだ。白菜が安くなってきたので是非試したい。

最後に雑炊、おしんこ、デザートのシャーベットを食べてお開きになった。

老舗の名前に安住していない姿勢がうれしい。

嶋村
東京都中央区八重洲1-8-6
03-3271-9963

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2006年03月15日

[松浪](人形町)  東京風お好み焼き

双葉を出て向かったのはお好み焼きの松浪。創業以来54年の東京風お好み焼きの老舗である。

野郎二人で路地裏の松浪を探す。久し振りなので道に迷ってしまいあちらこちらを行ったり来たり、ウロウロ、ヨロヨロ。遠い昔、明暦の大火以前の遊郭は人形町にあり、今の吉原を新吉原、人形町を旧吉原と言った時代もあったらしい。その後も置屋などがあり、路地裏には風情のある町並みが残る。

松浪の建物も古い。夜見るとタイムスリップした感じがする。松浪を選んだのは一緒にいるのが大阪のおっさんだからだ。お好み焼きやたこ焼きになると、大阪人は突然元気になり自慢話のボルテージも上がる。東京のお好み焼きなど食えないと吼える。

玄関の扉を開けると座敷が見える。ちょっと遅めの時間なので、意外と空いている。入り口に近いテーブルに陣取り、メニューを見る。選んだのはあさりと長ねぎが入った「松浪やき」と三つ葉、かまぼこ、小柱が入った「浪速やき」。

浪速やきの具を見て首を傾げた。なぜこれが浪速なのだろうか。店員に聞くとこの界隈を昔「浪速町」と呼んだらしく、その地名に因んで浪速やきとのこと。ネットで調べると日本橋人形町は、昭和8年、数町の合併でできた町で、数町の中には、「元大坂町」「堺町」「和泉町」「住吉町」「なにわ町」などがあったそうだ。名前でわかるとおり、この界隈は大阪商人が移り住んだ場所だったらしい。

そこで浪速町のお好み焼き屋が松浪。なんだか出来すぎた話のようである。松浪やきは深川鍋のお好み焼き版のようだ。大阪の歴史を感じる町で、大阪名物お好み焼きのはずなのに、味は東京風である。

味付けは醤油が合う。ソースが好きな人にはウスターソースも置いてあるが、オタフクソースのような甘いソースはない。頼めば出てくるのだろうが、見たところマヨネーズも置いていない。

目の前の大阪人は盛んに浪速やきより大阪のねぎ焼きの方が美味いと力説している。考えてみれば、ソースやマヨネーズはかなり現代になってからの味である。韓国のチヂミも醤油ベースのタレで食べる。もしかすると、この松浪の味が昔のお好み焼きのそれに忠実なのかもしれない。これが本来の大阪の味かも。

昔、博多に居たとき我が家で食べていたお好み焼きは一見したところ広島風ではあったが、醤油をつけて食べていた気がする。トンカツソースが一般に売り出されたのはかなり後からだ。ましてマヨネーズをつけて食べるなど考えすらしなかった。

酒の肴としては大阪よりも松浪のお好み焼きの方がいい。それにしても、座敷の鉄板焼テーブルを挟んで、お好み焼きをつまみながら、差しつ差されつしている隣の若いカップルがひどく羨ましく思えた。

こちらは大阪のおっさんと二人。ふてくされて手酌で飲んだ。


松浪
東京都中央区日本橋人形町2-25-6
03-3666-7773

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2006年03月14日

[双葉](人形町)  老舗の豆腐屋

明治40年創業、4代続く老舗の豆腐屋へ行った。京都の豆腐専門店が東京に多数進出してきたが、東京にも名店がある。

人形町甘酒横丁の通り沿いに豆腐屋はある。がんもどきが有名で、明治座の観劇帰りの客で行列ができることもある。料理屋は店を通り過ぎて横の道に入り口がある。狭い階段を2階に上がると、中は広々としている。

人形町は老舗の名店が多いが、その殆どがお値段高め。双葉は明治40年創業の老舗でありながら、リーズナブルなお値段で楽しめる。料理の種類も豊富で酒飲みにはうれしい店だ。しかも豆腐であれば健康にもいいはず。

たまに傷は商売っ気がないせいか、店員も少なくサービスが行き届かない点かもしれない。それでも安く、美味く食べれればいいかという気になる。もう少し気取ってもいい気がするけれど。

豆腐屋といっても慌てて豆腐を頼むのは禁物だ。お通しに立派な豆腐が出てくる。

店の女将さんだろうか、雇われだろうか、愛想はよく親切だ。銀髪の魂胆が丸見えなのか、お勧め料理をきっぱりと言ってくれる。
まず定番の銀杏入りのがんも煮(450円)。話の種にジャンボがんも煮(1500円)を頼もうかと思ったが、二人では無駄だから止めろと言う。本当に良心的だ。

次は豆腐の唐揚(600円)。何を入れているのだろうか、まるで鶏肉のような食感がある。味もなかなかのもの。

豆腐餃子なるものを頼んだが、女将さんは注文を通すのを忘れてしまったのだろうか、なかなか出てこない。こちらと目が合ってようやく注文の出し忘れに気付いたのか、お詫びに大豆を煮たものを持ってきた。酒の肴にはちょうどいい。豆腐屋だけに大豆は豊富にある。

出てきた豆腐餃子は餃子の具を豆腐で挟んで焼いたもの。家でも簡単にできそうな品だ。我が家で今度餃子の具が余ったらやってみよう。

お腹一杯にはなっていないが、酒も飲んで7,000円。腹八分目で店を出た。

さて、これからどこに行こうか。野郎二人で夜の散歩をすることにした。春は近い。


双葉
東京都中央区日本橋人形町2-4-9 双葉ビル2F
03-3664-1028

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2006年03月13日

[LUXOR BAR](新宿)  エジプト料理と水タバコ

食べたことのない料理を出す店を探し出すと嬉しくなってしまう。今日はエジプト料理だ。

いつも銀座界隈にいると、夜の新宿の歌舞伎町裏通りはちょっと身構えたくなる雰囲気がある。コマ劇場を右に、噴水を左に見ながらまっすぐ歩いて行くと突き当たりに目指すLUXOR BARのビルを見つけた。

小さなエレベーターに乗って5階で降りた。店の入り口右手にインタフォンがあり、それを押してドアが開くのを待つ。店に入ると奥はテーブル席があり広そうだが既に予約で一杯。来る前に予約を入れたものの、右手のカウンター席しか空いていなかった。我々が入った直後に何度もインタフォンが鳴ったが、すべて断られて帰っていった。まだ店の雰囲気に慣れない銀髪にとって、人気の理由がわからない。

カウンター上のテレビには映画「クレオパトラ」が流されている。絶世の美女と謳われた若き日のエリザベス・テーラーと凛々しいリチャード・バートンが主演した大作映画だ。大金をかけた壮大なスケールの映画とこの店が同じエジプトで繋がるとは想像できない。

メニューを見せてもらったら、ケバブやコロッケなど知っている料理はわずかで、殆どが初体験の料理ばかり。店員にお勧めを聞いたらメニューに写真つきで紹介されているものだと言う。従って、以下の4品を頼んだ。ワインはオリジナルの「クレオパトラ」のロゼ。

1品目はなすのパパガンヌ(750円)

エジプトの家庭でよく食べられているそうで、タコスに挟むひき肉とよく似た味のものが乗っている。香りはターメリックだろう。

2品目は合鴨と丸ごとトマトのスパイシーポット(880円)

3品目はナイルパーチ(白身魚)カスピ海ヨーグルトソース香味風味(1,500円)

4品目はタヒーナ・ゴマソース・ライス(680円)。

胡麻と聞いて日本的な料理かと思ったが、よくよく考えてみれば胡麻の原産地はエジプトと気付いた。アラビアン・ナイトで「開けゴマ!(オープン・ザ・セサミ・ストリート)」の台詞が出てくる。タヒーナとはゴマペーストのこと。日本料理に欠かせない胡麻がエジプト文明から広まったと聞くと、どのような変遷を経て日本に届いたか興味が湧いてくる。

食後に水タバコ(シーシャ)を吸った。水がボコボコ言うのを見ながら吸い込み、ミントの香りがする煙を遠くに吐き出す。フレーバーはイチゴ、リンゴ、バラなどなど15種ある。
ニコチンやタールの含有量は少なく、たばこ初体験の人でも気楽に香りを楽しめる。

低価格の変わった料理、水たばこによる異国体験。女性に人気の理由がわかった。

バーテンダーはポルトガル人。オーナーも含めてエジプト人はいない。料理が本場の味なのか確かめるにもエジプトは遥かに遠い。新宿ならではの不思議なお店。深夜遅くまで若者たちで賑わう。


LUXOR BAR
東京都新宿区歌舞伎町2-37-3 丸友ビル5F
03-3376-0320
http://210.153.102.79/luxorbar/index.html

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2006年03月12日

サンドイッチ   ご当地サンドイッチ

名物の食材を使っているのはお弁当だけではない。サンドイッチだって頑張っている。

出張したら駅弁を買うのが楽しみだが、グルメ紀行を書き始めてから常に目新しいものを探す癖がついてしまった。以前からあったものだろうがまったく気付かなかったものもある。

名古屋の駅弁の定番はみそかつ弁当と天むす。正直なところみそかつはあまり好きではないし、夜であればご飯はいらないので、つまみと天むすを買って新幹線に乗る。天むすは酒の肴としても悪くない。

昼であればサンドイッチとコーヒーでもいいかと思い、売店を覗いてみたらご当地サンドイッチがあった。

コメディアンの南利明が日本中に広めたミャーミャー言葉の名古屋弁。これを旨く笑いの種にしたタモリが20数年前に広めた「エビフリャー」、これに便乗した業者がエビフライを名古屋名物にしてしまった。えび煎餅は100年以上前から名古屋の名物だが、エビフライはタモリがきっかけで出来た名物の新参者だ。

確かにタモリがエビフライと言い出した頃、名古屋人に「エビフライが好きだろう?」と聞いたら嫌な顔をされたもんだ。20年以上も経つと名古屋の若い人たちは、タモリが広めたものとも知らず、昔からの名古屋名物と信じているのかもしれない。

サンドイッチのみそかつは意外とパンに合っていた。これなら弁当のみそかつより美味しく食べることができる。味噌とパンはミスマッチのような気がしたが、味噌の甘味はごはんよりパンに合うのかもしれない。

一度ご当地サンドイッチを見つけると、他の都市に行っても弁当だけでなくサンドイッチにも目が行くようになった。熊本空港で見つけたのが馬肉のサンドイッチ。

牛や鳥のロースト・サンドイッチ、豚のカツサンドなどがあるのだから馬があってもおかしくはないが、やはりちょっと違和感がある。ビールを飲みながら食べてみたら悪くはないが、トンカツサンドの方が味は上だ。むしろ馬の焼肉サンドやロースト・サンドを食べてみたい。
熊本の馬肉は最高だから、味付けなどの工夫がされればヘルシーで美味いサンドイッチとして評判になるかもしれない。

ご当地サンドイッチ探し。また旅の楽しみが増えた。

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2006年03月11日

[Isle of skye](銀座)  オールドパー

酒を飲むならショットバーがいい。ホテルや大きな店の場合は当たり外れがあるが、小さな店のバーテンダーに裏切られることはあまりない。

何軒かはしご酒をして一人で帰るときに気になるバーがあった。意を決して行ってみたら他に客は誰も居ない。うれしいシチュエーションだ。こんな時はバーテンダーと話をすることができる。

ショットバーに来ると最近はカクテルを頼むことが多い。性懲りもなくヘミングウェイのダイキリとオーダーしたらレシピを探してくると言う。
こんな時は無理強いしてはいけない。どのバー、バーテンダーにも得て不得てがある。
どうやらこの店はウイスキーなどストレート系のものが良さそうだ。

かつてスコッチ・ウイスキーを飲むのがのん兵衛の憧れだった。ジョニ黒、シーバース、そしてオールドパーが御三家だったろう。海外に行ったら誰もが必ずウイスキー3本と煙草を免税店で買って帰った。酒も煙草もたしなまなくても、最高のお土産になる。

新婚旅行に行くとボトルを6本持ち帰ることになる。新婚旅行の憂鬱はお土産を買うことだが、たくさんの荷物に加えて最後に免税店でウイスキーを買わなければならない。宅急便などない時代にはこの荷物が厄介極まりない。それでも自らが支払った金額に比べて、相手の満足度が高いのなら誰でもその苦労は厭わなかった。

その高級ウイスキーが税制が変わった途端に国産ウイスキーの値段と変わらなくなってしまった。国内の酒量販店で買う方が免税店で買うより安いケースだってある。

部下のTがオールド・パーを頼んだ。銀髪にとっては忘却の彼方に消えてしまった酒に思えた。最近は17年物、21年物、時には30年物やアイラ、アイリッシュなどのシングルモルトばかり飲んでいるので、オールド・パーとはやけに懐かしい響きがある。
12年物のオールド・パーは20年以上飲んだことはない。その間にボトルのデザインも変わったとのこと。ブレンド・ウイスキーは変わらない味が魅力だが、姿・形は微妙に変化している。

新旧デザインの表・裏、左が新、右が旧

あれやこれや熱心に説明してくれる。聞いているとサントリー・ホワイトやちょっと見栄を張って角瓶を飲んでいたときのことを思い出す。その上の通称だるま(サントリー・オールド)やリザーブ、スーパー・ニッカは高嶺の花で、スコッチ御三家を外で飲むなど考えられなかった。

オールド・パーの名前の由来となった、パーおじさんの話。1483年生まれで、80歳で初婚、子供ができたが早世した。105歳で不倫騒動を起こし、不義の子までもうけた。112歳の時に妻と死別。122歳の時に再婚を果たす。152歳まで生きてその長寿が知れ渡り、あのルーベンスが肖像画を書いた。「嘘だろう!」と言いたいところが本当の話らしい。
50歳の銀髪はまだ若造に過ぎず、前途洋々だ。

そんな逸話を知ると、また飲みたくなってしまった。まぁ、結局のところ酒を飲む言い訳を探しているだけかもしれないが‥
  

Isle of skye
東京都中央区銀座8-4-24
銀座藤井ビル 4F
03-5537-0345

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2006年03月10日

[ホルモサ](日本橋)   懐かしの紙鍋

懐かしいと言ってもたかだか10年位前のことだ。先輩に連れられてランチに行ったのがホルモサだった。

当時は昭和通り沿いにあった。紙を鍋代わりに使って羊肉を煮込む。初めて食べる味で、なんとも形容しがたいものだった。昼にもかかわらず肉や野菜をお代わりした。しばらくして再度行こうと思ったときには、その店はなくなっていた。

店の名前すらすっかり忘れてしまっていた頃、江戸橋の角の店に紙鍋の文字を見つけた。小躍りしたことは言うまでもない。中に入って聞いてみると、確かに昭和通り沿いにあったあの店だった。

ホルモサとはポルトガル語で美しきうるわしの島(台湾)の意とホームページに書いてあるが、なぜ店名が台湾なのかは書いてない。28種類のスパイスを混合した独特のスープに羊肉と野菜を入れて食べるが、台湾料理なのだろうか。台湾海鮮の天香回味鍋もチンギスハンが発明したものだという。なぜ、モンゴルと台湾が「鍋」で繋がるのだろうか。不思議だ。
鍋以外にお勧めなのがシュウマイだ。やっぱりこの店は台湾料理店ということだろうか。

早速紙鍋を頼んだ。肉はマトンとラムのどちらかを選ぶ。当然のことながら最初に選んだのは懐かしのマトン。鍋にマトンと野菜を入れてしばし待つ。

味噌鍋のようだが味噌は入っていない。ドロッとしたスープに野菜のエキスが溶け込み味が出てくる。こんな鍋にはビールが合うが、一緒に行ったSは尿酸値を気にするためホッピーを飲んだ。羊の肉は体にいいと言うが、酒を飲みすぎては意味がない。健康を気にするならホッピーがいい。

男2人なら最初に頼んだ2人前はアッと言う間になくなってしまう。追加の肉はラムにした。値段も高めだが、確かにラムのほうが柔らかくて美味いのかもしれない。Sは「羊肉なのに臭みがないですね」と言う。大昔の悪しき評判はいつ消えるのだろうか。鮮度が良ければ羊は臭くない。鮮度が落ちればどんなものも臭いがきつくなる。

もやしも追加する。この鍋の濃いスープにはもやしが合う。肉がなくなっても寂しくない。もやしを食べる、ホッピーを飲む、もやしを食べる、ホッピーを飲む。
腹一杯になったら長居は無用だ。次々に来る客に席を空けてやろう。

満腹になって店を出たがまだ家に帰るには早すぎる。Sと別れて銀髪は1人で次の店を目指した。


ホルモサ
東京都中央区日本橋本町1-10-2 近甚ビル1F
03-3272-1191
http://www.horumosa.com/

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2006年03月09日

[ふく留](銀座)  美女に会えると思ったが‥

酔っ払った。もう飲めない。最後はラーメンか、蕎麦か、うどんか。まあ、ブラブラ歩いてみるか。夜は長い。

銀髪グルメ紀行を書き始める前に食べ歩きのブログを見て回った。気に入った一つが「元銀座ホステスの食べ歩き」だったが、2005年9月18日から更新がない。従って、いつ見てもトップページは変わらない。その店がふく留である。
http://amejun.air-nifty.com/blog/2005/09/post_32a5.html#more

「クラブ族のアフターにするにしておくにはもったいない」と書かれている。女性と食事をしてクラブに行くのが「同伴」、クラブが終わって女性と食事に行くのが「アフター」だ。
外人とアフターをしたら、外人は絶対に勘違いする。銀座の美女たちよ、気をつけてね。
クラブが終わる12時過ぎにアフターをする奴の気が知れない。体と財布が確実に蝕んでいくだろう。

さて、ふく留。こんな路地裏にあったのかと驚く。周囲にも似たような店が並んでいるのでさらに驚く。これが銀座?と思うようなところだが、銀座にも新橋や神田と同じような路地が結構ある。親子3代数十年の歴史を誇る店も多い。もちろん消えていく店のほうがはるかに多いかもしれない。

さて、ふく留。いつまで経っても肝心の料理の話が出て来ませんね。酔っ払った勢いで入ってしまって料理を頼んではみたものの、お腹一杯であまり食べられなかったのです。「蕎麦屋にしては色んな料理があるなー」と感心しただけだった。

評判の蕎麦はちょっとつまんだだけだが、悪くなかった。
泥酔しているのに、ちょこちょこつまみながらまだビールを飲んでいる懲りない銀髪だ。

「今度はちゃんと料理を味わいに来よう」と思った次第でした。

そうそう、アフターに人気の店といっても、個室風の部屋が中心なので美女たちは暖簾の奥に消えて見ることができない。純粋に料理目当てで行った方がいい。


ふく留
東京都中央区銀座8-2-3 京屋ビルB1F,B2F
03-3571-1657

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