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2007年04月22日

イチジク

生のいちじくを食べなくなって久しい

風長閑で飲んでいると、常連のKさんがお土産を持って来た。瓶詰めのイチジクジャムである。甘いものは嫌いだが、イチジクと聞いて思わず手を出してしまった。

福岡に住んでいた子供の頃、庭にイチジクの木があった。イチジクの木の下には茄子、ピーマン、イチゴなどが植えられていた。肥料と称しておしっこをかけていたのだから、今なら大目玉を喰らうところだろうが、当時あまり怒られた記憶がない。大らかな時代だったが、赤痢が流行り浣腸をされた嫌な思い出もあるので不衛生な時代だったとも言える。

イチジクの実は高い木の上に成るので子供たちの被害から逃れることが出来たが、イチジクの木は格好の遊び場を提供してくれた。兄たちの時代は木登り、チャンバラごっこなどの肉体を動かす遊びしかなかった。銀髪世代は物心つく頃には既にテレビがあったが、それでも玄関にランドセルを投げ捨てるや否や外に駆け出したもんだ。

イチジクは好きだったが、すぐに飽きて落ちるに任せるようになってしまう。現在、団塊の世代が土いじりに殺到しているが、作った作物の処理に苦慮するそうだからいつの時代も同じである。選り好みができない貰う方だって困るときもある。

イチジクはタダでたらふく食べていたため、今でもお金を出して買う気がしない。懐かしさに買おうと一度は思っても、甘いものが嫌いになってしまったので結局通り過ぎてしまう。
かくして輸入イチジクを酒の肴で食べる以外には口にしなくなった。

Kさんが持って来たイチジクは思ったほど甘くなかった。果物嫌いの銀髪がせっせと食べるので周りの人たちが驚いていたが、思い出が加われば食も進む。

誰でもノスタルジックを感じるものがあるだろう。最近妙に昔のことが思い出される。銀髪グルメ紀行を書き出したためか、歳とってきたためか分からない。前者と思いたい気持ちはやまやまだが…

投稿者 銀髪 : 2007年04月22日 05:23

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コメント

いちじくの木に小便をかけた思い出はないが、終戦寸前に疎開して行った香川県津田町の民家には便所のすぐ脇にいちじくの木が1本だけあった。ヒマジン10歳頃から数年の思い出だ。
そばに人糞が貯まっているためでもないだろうがその木に成るいちじくは甘かった。褐色の薄い皮は甘さの証明だった。熟れるとブイブイが実の先っぽから潜り込んでいたりしてもぎとる少年を驚かせた。母に言われて垣根に登って実を集めるのは少年の役割だったが、熟れているかどうかを確かめるために食べてしまったなんてこともしばしば起った。
それにしても銀髪の話に出るいちじくと浣腸との関係は?まさか「いちじく浣腸」発祥の地なんてことではないだろう。やはりいちじくの葉で前を隠したアダムとイブのお話から浣腸薬のブランド名にいちじくが付いたのかなと想像したりしている。

投稿者 ヒマジンスキー : 2007年04月22日 14:48

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