思い出はいつもおぼろげ
東京から山口は遠い。新幹線のぞみで約4時間半もかかる。行きは東京を8時10分に出た。帰りは新山口発12時6分。2日続けて車中での昼食となった。
大阪駅を過ぎたところでワゴンを押す女性を呼び止めて買った駅弁は岡山名物ばらずしの弁当。桃の形をした弁当箱が可愛い。子供が小さければ持って帰りたいところだが、既に喜ぶ齢でなくなった。
弁当箱は可愛いが、中身は大人の味。青魚やシャコなど酢が効いているので子供には辛いかもしれない。青魚や酢が嫌いな子供っぽい大人も好きになれないだろう。生ものを使えない弁当では酢が強すぎてばらずしの本当の美味さは出せない。「ばらずし」ではなく「祭りずし」としているのも理由があるに違いない。
復路は新山口駅で買ったふぐ弁当。ふぐを食べた気にはなれるが、銀髪の興味は弁当の中身と違うところに向かった。
弁当に記された駅名を見たところから脳の中を電気が走った。往路で新山口駅を降りた時、新幹線のために作った駅にしては古臭くて妙だと思った。新山口駅は小郡駅だったのだ。
更に電気は駆け巡る。小郡の文字を目にしたのは実に40年以上ぶりのことである。これを目にした途端に、思いは一気に少年時代に飛んでいった。亡き父と旅行した数少ない思い出の場所が秋芳洞と秋吉台である。
当時は福岡に住んでいて、長時間かけて列車で来た。小郡の名に記憶があるということは、ここで降りて秋吉台に向かったのだろう。父との貴重な旅の思い出も、小学生だった銀髪にとってはおぼろげで不確かである。正確なことは同行した兄に助けてもらうしかない。
新幹線などない時代、自家用車を持てるほど裕福でもない。一泊してもいい距離だが日帰りだったのかもしれない。夜行列車での旅の途中、トンネルに入る時に窓を閉めるのが一瞬遅れて灰をかぶってしまったのは、あの時だったろうか。
新幹線のために、小郡駅は新山口駅という無粋な名前に変わってしまった。しかし、ホームの隅に「小郡駅」のプレートを見た。偶然買った駅弁にも名前が記されていた。旧駅名に愛着を持っている人が多いに違いない。ささやかな抵抗なのだろうか。
市町村合併などで消えた地名も多い。脳の扉を開くキーワードが永久に消えてしまうのは悲しいものである。
投稿者 銀髪 : 2008年10月11日 08:43
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